2011/08/08
2011/08/06
ETNOFOTKA
私は、このブログを書くようになってから、ポーランドの民芸品や素晴らしい田舎の風景など、出来る限り魅力的に伝わるよう写真が撮りたくて、写真のことなど少しづつ勉強し、カメラはどこにでも持ち歩くようになりました(撮らないことのほうが多いかもしれませんが・・)。
去年初めてポーランドの、STL(Stowarzyszenie Twórców Ludowych)という民芸家協会が主催するetnofotkaというポーランド・フォークロア写真コンクールに夏の自転車旅行をした際の写真を出してみました。26人156点の作品の応募があったそう。ファイナリストには選ばれませんでしたが・・今年も開催されればめげずに写真を出してみようと思ってます。ファイナリストに選ばれるとSTLが発行する季刊誌とSTLのサイトに写真が掲載されます。賞金などはありませんが、アマチュアカメラマンにとっては名誉!
私が落選した去年と、、一昨年の受賞者の作品が掲載されていたのでここでも少し紹介します。どれも素朴で力強く美しいポーランドのフォークロアシーンを切り取った作品ばかりです。
コチラのサイトでその他の受賞作品やファイナリストの作品を見ることが出来ます。
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2011/08/03
トルンにて
先週末にクラクフからトルンに引っ越してきて、新生活が始まりました。クラクフの家にもまだ色々なものを置きっぱなしなので、しばらくは行ったり来たりの生活になりそうです。8月はルブリン、クラクフの民芸市へ、後半にはウクライナへと東西南北をうろうろします。トルンに来ても、SLOW ARTとしての発信は今まで通り続けますので、お付き合いください。
旧市街、Podmurna通りの壁面にこんな絵と詩が描かれていました。中世トルンの旧市街と詩人、Zbigniew Herbertの詩の一部です。
miasto stoi nad wodą gładką jak pamięć lustra (odbija się w wodzie od dna)
水の底から沸き上がる 鏡の中の記憶のような 澄んだ水辺に建つ街
Toruńは、ポーランド語では川のほとりの街を意味し、ヴィスワ川を経由する貿易の中心地として経済的、政治的に重要な街として栄えました。13世紀にドイツ騎士団によって建てられたられた街は、15世紀にはポーランド王朝に組み込まれ、さらなる繁栄をむかえ今の素晴らしいゴシック様式の街が作られます。その後もプロシア(ドイツ)とポーランドの間で領有権が何度も行きかう歴史を経て現在に至っています。
この詩は、トルンが経てきたの紆余曲折の歴史と現在の平静を表しているのかと想像しました。
トルンは、コペルニクスが生まれた街。上の地図をよく見てみると、天体と星の数を研究したその人が生まれた街は、星の形をしていませんか。ちょっと面白いです。
これからはトルンの街情報なども、書く機会があればお知らせしようと思います。
私がクラクフに住んでいたからか、そうでないかは分かりませんが、今年は初めて日本からクラクフに訪ねてきてくれたという方々が沢山いました。みんな又ポーランドに来たいと言ってくれたので、次はぜひトルンに来てもらえるよう、がんばろうと思いますw
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